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パチスロ初代アステカでフリーズを引いた話

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スロットには打ち手を楽しませてくれる演出が数多くありますよね。

その中でスロッターがもっともみたい演出はフリーズ演出かと思います。

何故誰もが見たいと思うのは、フリーズ演出にはよほどのクソ台で無い限り、普通の当りとは比べ物にならないくらいの恩恵が与えられるからです。

例えば今現存機種で残っているミリオンゴッド神々の凱旋のフリーズなどは、この台は普通の当たりの払い出しが、一回の当りにつき平均300枚ほどなのですが、フリーズで引いた当りに関しては平均1500枚と、普通の当りの5倍近く、金額にしてレート20円の等価なら、約30000円ほどの出玉が望めると言った恩恵がもらえます。

そんなスロッターに激熱の瞬間を与えてくれるフリーズ演出ですが。

初めに演出として良く目にするようになった機種は、やはり同じくミリオンゴッドの初代の台で、こちらはフリーズすれば約5000枚、金額にして100000円ほどの出玉が望めるので、まさに激熱中の激熱でした。

そもそも初代ミリオンゴッドのフリーズ役であるPGGは、液晶の777が揃えば確定の役で、そのため左に7図柄が停止しただけで、心臓はドラムビートを刻むが如く高鳴り、そしてそのまま揃えば、ぶっしゃぁー、と脳汁が本当に吹き出してるかの感覚に襲われ、そしてまるで天国にいる時のような、まさに文字通りの至福の時を味わい、また外れてもしばらく心臓は高鳴り続け、熱した鉄のように時間をかけて徐々に冷えてくる感覚も、また心地良い興奮を与えてくれ、また左リールに7が出るだけでも見たいと思わせてくれる。
それが初代ミリオンゴッドの10万役であるPGGで、それがレバーオンしただけでパオーンとブラックアウトして、その10万役であるPGG確定となれば、どれだけドーパミンが放出されるかは言わずもがな、と言ったところでしょう。

そんなスロッターに夢と希望を与えてくれるフリーズ演出ですが、上記でも説明した通り、良く目にするようになったのはたぶん初代ミリオンゴッドあたりで、爆裂AT機の先駆けであった初代獣王にもフリーズは無かったかと思います。

それで今回の初代アステカでフリーズを引いたと言う話なんですが。

初代アステカは初代獣王はおろか、大花火よりも以前の機種で、もっと言えばあの初第4リール搭載機事神台シーマスターよりも古い4号機なのです。

ちなみにシーマスターを逆押しして右リール下段に青7が止まったら1確です! 僕の記憶が正しければの話ですが…。

話を戻します。

そんな初代アステカには、もちろんそんな最先端のフリーズ演出など存在する訳も無く、あるのはリーチ目を見れば一目で分かるのに、無駄にリール内でルーレットして出目のどれかの7に止まれば当りと言った、これ意味あるの的な演出であるアステカルーレットしかありませんでした。

この演出がクソと感じるのは、何よりもう当りが分かってるのに演出が飛ばせない事に限りました。

この時代のスロッターは、とかく1Gでも多く回す事をモットーにしており、こう言った飛ばせない演出はその分回す時間が奪われると忌み嫌われていました。

あの大花火でさえ、第4リールの演出が無ければもっと早く回せるのにと思われ、あのアステカの後継3機種目に当たる第4リール搭載CT機NJとか言う台に至っては、大花火より出玉感が無い事からクソ台を通り越した無視台になった事は言わずもがな、と言ったところでしょうか。

僕は好きでしたけどね!

まあと言う感じにこの頃スロットの演出と言うのは、後は花火の当りランプ、ガイキッズの何かガチャガチャする役物、変なところではリールを全消灯させボーナス図柄を見えにくい状態にして揃えろとか言う確定演出があった、フライングモモンガとか言う、秒で裏モノ行きになりそうな台とかありましたね。

しかもそれらが当時新しい演出で、それ以前は当りランプすら無く、リールフラッシュとリーチ目のみで、初代サンダーにすら当りランプすら無かったところを見ると、花火の当りランプですら、当時にしては画期的な演出だったかも知れません。

そんな時代にフリーズなどある訳も無く、勿論アステカもフリーズは搭載されてません。

裏モノがあったら分からんけど。

じゃあ何で初代アステカでフリーズ引いた話になる訳なんですが。

実際のところ、僕も何であんな事があったのかは良く分かりません。

それを踏まえてアステカでフリーズを引いた話をしていこうかと思います。

僕は当時かなりのデカチリ中毒者、今で言うところのバジキッズ、ディスクアッパーみたいに初代アステカにハマっていました。

ハマったきっかけは初打ちの時、日曜日と言うパチ屋ではほとんど大回収祭になる曜日に打ちに行ったのですが。

その時僕は、アステカはビックボーナス軽いし、50%で200枚プラス150Gただで回せるCTがあるから永遠に終わらないじゃん!と言う訳の分からん推測を本気で信じてる純粋無垢なキッズでした。

その思い込みパワーで、何とほぼ回収設定である日曜日に、一撃5000枚と言う圧倒的出玉を叩き出してしまいます!

まあ回収設定言っても、正直な話、この頃の機種はどれも甘くて、ホールは設定2ですら入れるのが怖いって感じになってたので、毎日オール1営業が当たり前になってましたけどね。

また設定1以外何故入れられないかと言うのにも他にも理由があって、まあ、これは店員視点のオカルトなんですが、一度設定を1以上に上げると数日間出っ放しになると言う波に、何かなってしまう事がよくあったからでした。

その中でも一番暴れた台は、僕が知る限りでは初代タロットマスターで、こいつはちょっとでも2にするとその当日は7000枚も爆出ししやがりまして、しかも設定を1に戻してもそこから一週間ほどは赤字になりやがりました。

こう言う事があったため、何かしらの台が赤字続きになると、現状の設定が1でも、誰か設定いじった? って話になり、設定をいじった人の責任なると言う事がしばしばありました。

この事から当時のお店の人は設定を1以外にする事を極度に恐れました。

まあそんな事怖がっているお店なんて単にぼった店だっただけの話ですけどね。

まあそんな当時の設定環境で、夜の18時くらいから打って、5000枚と言う出玉を瞬間的に放出した初代アステカに、一発でハマった事は言うまでもありませんでした。

ちなみにアステカは設定1でも非常に機械割が甘くフル攻略で103%と言う、現存最高に甘い機種であるとうたわれているディスクアップとほぼ同じ数値を持っていました。

しかし出玉の速度ではディスクアップを遥かに凌ぐので、同じ機械割でも初代アステカの方がより魅力的な機種と言えましょう。

僕はその甘さから、アステカにはまり毎日打つようになりました。

そのハマリっぷりは、お店の仲良くなった店員に、あのアレックス設定5だよ、打ちなよ、と言われたのに、設定1でもアステカが良いと言い、その店員から、うわ、こいつマジかよ…、ドン引きされるほど狂ってました。

そんな感じに狂ったように毎日仕事終わりにはアステカを打つ生活を送っており、その日もアステカを打ちに仕事終わりによく行くホールに行くと、僕より年上の偉い感じの店員の人が「今日もあの台か?(アステカ)」とニコニコしながら話かけてきました。

僕はその問に同じく満面の笑みを浮かべて「はいっすwもうあの台しか打てません」と答えると、その偉い感じの店員さんは、そうかそうかと言わんばかりに頷き、さらにニコニコした笑み浮かべて台に向かう僕を見送ってくれました。

まあと言う事もあり、さらにテンションが上がった僕は、早速大好きなアステカを打ち始めた訳ですが、打ち始めて数分後くらい、突然それは起こりました。

レバーを叩いた時、まずリールランプが全消灯し、ん? と思ったら次にウェイトがとっくに解ける時間になってもリールが全く動かくなくなってしまったのです。

そしてそれを見た僕がまず思った事が、やばい!? 壊した!? と言うのが一番先に頭に思い浮かんで、その事から僕はすぐに離席してアステカがある島の裏側に逃げてしまいました。

普通に遊んでただけだから、まあ、逃げる必要は無いんですけど、その時僕はゴト師に間違わられたくなくて逃げたと言う感じになってました。

何故当時僕がそんな心理になったかと言うと、当時はパチンコ屋でゴトをやったゴト師は、筋者とつながりの無いパチンコ屋でも、事務所に連れて行ってリンチをするのが当たり前になってたからです。

そのリンチのレベルも凄まじく、それはゴト師がお願いだから警察を呼んでくれと涙ながらに懇願するレベルで酷いらしく、僕が聞いたところでは、ゴト師対策のため、警察で各店舗の責任者が集まって会議していた時、ある店舗の店員が警察に向かって、ゴト師来たらモップの鉄の部分で頭ブッ叩いてお花を咲かしても良いですか? とニタリと笑って自前のモップの先端をペロリと舐めたとか舐めなかったとか。
そしてその店員の問に警察の方は、あんまりやり過ぎるなよwと、苦笑いをしたとかしないとか、僕もこの話は又聞きなので、真相はどうなのか分かりませんが、社会に出たばかりの二十歳代の小僧がガクブルしてしまうには十分過ぎるお話ですよね。

まあそんな感じに、ゴト師にされるのが怖くて、何も知らないふりをしながら、当時画期的な予告演出である第4リールを搭載したシーマスターで、アステカで何かしたのは僕じゃないアピールするかのごとく、1確狙いで逆押しプレイを、嘘くさい口笛を吹きながらプレイしてたのですが。

1000円分のメダルが飲まれたところで、でも別に普通に遊んでて壊れただけだから、ちゃんと話せばあの僕が来てくれる事を喜んでいる偉そうな人なら分かってくれるんじゃね? とようやくそこに気づいた僕はまたそのフリーズしたアステカに戻る事にしたんですよね。

そんな感じに台に戻ると、アステカはまだ固まった状態でそのままになっており、僕は恐る恐る、まるで猫が好奇心からちょいちょい手を出すかのようにレバーを何度か叩きますが、やはり何も反応はありませんでした。

やはり壊れてるのか? 

しかしメダルづまりやセレクターエラーなどの故障は、店員として働いてたので何度か見た事ありますが、リール自体が固まって動かなくなると言う現象は見た事が無かったので、僕の心の中は、そんな事あるのか、と、未だ半信半疑でした。

僕がそんな感じに首をかしげながら、ガコ、ガコ、とレバーを叩いており、そしてそれが何回目かの叩きになった時の事でした。

いきなり全消灯していたリールランプが点灯したのです。

僕は肩をふるわせるように、ビクっとなり、そしてそのまま見ていると、今度はあの固まっていたリールが回りだしたのです。

僕はその光景を見て直ったのか…? と思い、訝しげな表情のまま、ようやく動き出したリールを止めました。

すると停止後にあのしょうもない演出であるアステカルーレットが始まり、この演出は飛ばせないので、見ていると、ばっばっば、と光がリールを移動し、最終的になんと7に止まって当たってしまいます。

そしてその光景を見た僕は、当りの喜びを感じる以前に、なんやこれ? と強く思ってしまいましたねw

それもそうなって然るべきでしょう。何故なら何度も言いますがこの時代にフリーズと言う概念が無かったからです。

今なら固まったらフリーズ来た!? と思うところですが、そんな物無いので、なんやこれ? と思うしか無いですよねw

ちなみにそのフリーズしたアステカのその後の展開なんですが、正直昔過ぎるし、その上フリーズの光景が強烈過ぎて、それしか覚えてない、と言うのが正直な話です。

だってフリーズ演出が無かった時にフリーズを見てしまったのだから、そりゃあそうなりますよ。

でもまあその日あんまりやられた記憶も無いので、そこそこ出たかも知れませんね。

またちなみにアステカがフリーズしてた時間は、たぶん30分くらいしてました。

初フリーズが30分って長すぎですよねw

とまあこれが、僕が初代アステカでフリーズを引いた思い出です。

そしてこの話には続きがあり、それから数年後、ある日突然、僕はあのアステカが何故フリーズしたのか気づいてしまったんですよ。

それは…。

あ、店長ボタンだっっっ!

そうです! あの僕が来るといつもニコニコ出迎えてくれるなんか偉そうな人が、事務所から意図的に台当てる事が出来る店長ボタンを押してくれたから、あんな事が起きたに違いない。

僕はそう確信しましたね。

何故ならあの時代、あまり警察がパチンコ屋に介入する事が無かったので、どのお店も裏モノは当り前、悪質なところでジェットの係数潰し、さらには遠隔を堂々とやっていてお客にバレてる店があったりと、どこもかしこも無茶苦茶な営業ばかりしてるお店ばかりでしたからね。

まあ店長ボタンくらいあってもおかしく無かったですよね。

現に僕の働いていたお店でも、4号機の裏モノジャグラーなんか、基盤弄りすぎたためか、常にGOGOランプ光っぱなしのエラーが起きたりしてたのを見た事がありますしね。

それらの事を考えると、あのアステカフリーズ、僕の事を好き過ぎる、たぶん店長だったと思う、ニコニコ偉そうな人が当りを僕にあげるために、店長ボタンを押してくれた事によるバグが起きたのでは無いかと、僕は考えます。

信じるか信じないかはあなた次第!

と言うところで今回の話は終わりです。
また次回、パチ屋店員歴20年の僕が体験したパチスロにまつわる思い出話を書いていこうと思いますので、良かったら見てみてください。

それではまた!