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狼と香辛料xベルセルククロスオーバー小説、ガッツ「お前に鉄塊をぶちこんでやる」ホロ「!?」 その4

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狼と香辛料ベルセルクのクロスオーバー小説です。

狼と香辛料ほんわか御伽話風の雰囲気を、ベルセルクのグロさが多少壊してしまう感じになっていますが、それでも良いって方、興味が湧いた方は是非是非読んで下さいませ。

・前回のあらすじ

ホロの命を狙う黒の剣士から、何とか逃げおおせたロレンスたち。

その後、迎え撃とうとしたホロを諌め、このまま逃げる事を選択し、そして逃げ方も決め、いざ行こうとした時に、何故かルナが引き止めるような事を言う。

ルナが引き止めた訳はなんなのか…?

 

【四章 狂気の剣士】

普通だったら、夜眠り始めて中頃の時間。
深い森の中は、真夜中一色の闇の世界。
風も強くなり、葉擦れの音は、ますます増して、より不気味さを引き立てる。
ぽつぽつと、ゆっくりと小さく顔に当たる雨の雫が、これから雨が降ることを告げているのは、子供でもわかる。
危険な肉食動物もいるかも知れない。
こんな時は。
当然、夜営を張って。
当然、火を絶やさないように気をつけて。
当然、眠って朝を待つのは、当然すぎる当然の事。
なのに。
なのにだ。
こんな時間から、ロレンスたちはこの危険な森中を移動しなければいけなかった。
そんな危険よりも恐ろしいものか迫っていたから。
それは黒の剣士。
荷馬車の荷台を一撃で粉砕する、恐るべき威力の巨剣を持ち、ホロの存在のような、巨大な動物の化身たちを狩廻っている。
姿形は人だが、巨剣を振り回す、その化物染みた戦いかたが、人間とは思わせないそれを感じさせる。
いや実際人間では無いのかも知れない。
そんな恐ろしい黒の剣士から逃れるため、ロレンスたちは危険を承知で、真夜中に、この闇の森の中を抜けなくてはいけなかった。
そんな状況の中、いかにうまく黒の剣士を巻くかも話し合い、いざいかんと、その一歩を踏み出したとき。
「ま、待って下さいロレンスさん!」
止められた。
「い、勢いでついてきてしまいましたが、わ、私には何が何だか……」
ロレンスより、しっかりした体格をした初老の男。
「そ、それに奥さんの頭についてるその獣耳は、ほ、本物ですか?」
ロレンス、ホロ、コルに続く、今回限りの四番目の旅の同行者。
「ルナさん、これは……」
ルナ・ハンティング、その人の手によって。
「まさか、黒の剣士が本当に出るなんて、ああ! それよりも積み荷が、私の荷馬車が! 取りに戻らなければ大損害だ……。黒の剣士は人間は襲うのだろうか? 私は一体どうすれば……?」
ルナは崩れ落ち、頭を抱えて嘆く。
その様子は、人間のそれと変わらない。
高級料理を振る舞ったり、異質な空気を見せたり、ホロが警戒したりと、ルナは、ホロのような動物の化身なのかと思わせる事がいくつかあったが、この有り様を見ていると、ただの哀れな商人にしか見えず、やはり杞憂だったように感じる。
だが今は、ルナが人間かどうか、深く考える時間はない。
悩む時間をかけるくらいなら、いっそルナは見捨てて先に行きたい位だが、まだルナが人間ではないと確信には至ってはいないし、仮にここで見捨てた場合、もしルナが、ちゃんとローエン商業組合に組みしている商人で、無事に生き延び町に戻れた時、ロレンスはルナに、仲間を見捨てた商人と言いふらされてしまうかも知れない。
そうなれば、ロレンスのローエン商業組合での立場が、悪くなるのは言うまでもない。
まあ今回のように、黒の剣士に襲われたなど、命の危険がかかっていた場合は、もしかしたらその限りではないかも知れないが。
ともあれ、どのみち見捨てるのは寝覚めが悪い。
ルナがどんなに胡散臭かろうと、人間である可能性が少しでも残っていれば、旅を共にした仲間として、最後まで面倒は見なければいけない。
それは商人うんぬんの話ではなく、人間として当たり前の事。
そう結論付けたロレンスは、ルナに全てを話す事を決意し、口を開く。
「すみませんルナさん、貴方を巻き込んでしまったかも知れない」
そうロレンスが言うと、それまで頭を抱え唸っていたルナは、瞬間ピタリと静になり、ふらふらと視線を向け「どういう事ですか?」とロレンスに聞く。
「ホロは見ての通り人ではありません。今はこのような姿をしてますが、巨大な狼の化身なのです。ですから黒の剣士が、ルナさんが聞いた噂通りのものなら、ホロを狙って現れたのかも知れません」
「……」
ルナは、そんなロレンスの告白を聞くと、何かを考えるように顔を伏せ、しばらく黙考したのち、再び顔をあげ。
「では、黒の剣士に襲われたのは、ロレンスさん、貴方たちの所為だと?」
「……はい」
ロレンスは噛み締めるように肯定する。
事の責任がロレンスにあると認めてしまえば、考えたくもないが、もしルナの積み荷や荷馬車が取り返しのつかないものになった場合、その弁償はロレンスがしなければならない。
何を積んでいたかは知らないが、ルナを人間と決めて考えるなら、ロレンスたちにぽん、と軽く高級料理を振る舞えるくらい、お金を持っていると言うことは、大きな儲けが出る商売をやっている証拠。
従って、ルナが運んでいた積み荷は、相当な高級品だと予測される。
だとすれば、この先の商売すら危ぶまれているロレンスには、とても弁償できる額ではない。
しかし、その全てをすべて額面通りに弁償していては、ただのお人好し。
ロレンスは商人、どんな状況でも交渉を含ませられてこそ足り得るのだ。
ロレンスは、それをはっきりと頭に認識させ、交渉話術の妨げとなる罪悪感を追い出し、ルナとの交渉に臨む。
「ルナさん、確証はありませんが、私がホロを連れている事で、貴方に多大な損害を与えてしまったかも知れない」
ロレンスがそう言うと、ルナは、しばし放心すると、みるみる非難と怒りの形相に変えて。
「か、かも知れないって、じ、冗談じゃないですよロレンスさん! 私の積み荷はそんな軽く言える代物じゃないんですよ!? ……弁償、そ、そうだ弁償して貰えるんでしょうね!?」
獲物を見つけた猛獣のように、ロレンスに責任の追及する。
自分から頼んで、ロレンスと旅を同行を願い出たのに、その相手に少しの配慮もせず、よくここまで文句が言えるものだ。
ルナも腐っても商人だからか、それともその理性を失わせるほど大損害なのか。
まあ、荷馬車と商品を失えば、積み荷がなんであれ、行商人にとっては破産級の損害になるのは間違いないであろう。
しかし、だからと言って相手に同情していては、こちらも破産だ。
ロレンスはルナに手をかざし、言葉を制止し。
「ルナさん、貴方が何を運んでいたかは知りませんが、余程の高級品だとお察しします。だから貴方が私を責めたいお気持ちはわかります」
「だ、だったら、町まで逃げ延びれたら弁償を……」
「待って下さい!」
ロレンスは、ルナの言葉を潰すように、語調を強めて言い、自分の話を続ける。
「私も、荷馬車と商品をお釈迦にされ、余裕が無いのです。そこでどうでしょう?私は商業組合に約二千枚のトレニー銀貨を預けてます」
「……その二千枚で弁償を?」
何を言いたいのか、得心が言ったようにルナは聞くが、ロレンスは、そのルナの想像を上を行く。
「出来ればそうしたいですが、その四分の一、五百枚で許して頂きたい」
そうロレンスか言うと、ピタリと会話が途切れ、時が止まったように静寂する。
見れば、ルナは口を半開きにして放心していた。
文字通り、開いた口が塞がらない、と言った感じだった。
しかしすぐに、ロレンスを信じられないものを見るような目をして、指差し、指も口も震わせながら言う。
「あ、ああ貴方は正気で言っているのですか? わ、私の商品はトレニー銀貨二千枚だって足りない位の物なんですよ!? そ、そそれを四分の一の五百枚だって!? じょじょ冗談じゃない!!」
「わかっています!」
「いやロレンスさん、貴方はわかっていない!」
「わかってるんです! ですから差額千五百枚は別の形でつけます!」
強引に押しきるロレンスの言葉に、また辺りが静まる。
そしてルナが、恐る恐ると行った感じに口を開く。
「別の……形?」
ロレンスは、そのルナの言質を捕らえ、ここが勝負どころだ、とロレンスは心の中で気合を入れ直してルナに言う。
「別の形は『命』です。このホロが先導してくれれば、黒の剣士に出会わず逃げれるかも知れない。その利益を貴方にも提供しましょう」
ロレンスがルナに対して切れる、最後にして最強のカード。
誰だって命は惜しがるもの、それにこんな訳のわからない状況じゃ、不安から一縷の救いでも求めてしまうもの。
そう思ってロレンスは言った。
思ったのだか。
しかし、ルナの反応はロレンスの想像の外した。
「ふふ、ふざけるなぁーっ! 黒の剣士があんたの、そのホロってのを狙ってるなら、あんたらに付いていったら逆に危険じゃないのか!? それで千五百枚だと……? 馬鹿にするのもいい加減にしろっ!!」
ルナは三度怒り出し、今度はもう対面を気にせず、敬語を使わない乱暴な言葉で、ロレンスを捲し立てる。
その様子は、今までとはあまりに豹変しすぎて、ロレンスは気圧されてしまう。
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいルナさん!」
ロレンスは、なんとかルナをなだめようと、無理やり言葉を入れようとするが、ルナは、もうお構いなしに言葉を続けてくる。
「だいたい黒の剣士はあんたらを狙ってるなら、私は荷馬車に引き返しても大丈夫じゃないのか? どうなんだロレンスさん! あんたの方が詳しいんだろう!? 教えてくれ!!」
いつのまにか両肩をがっしりとつかまれ、揺さぶられながら、ロレンスはルナに詰問されていた。
その力は凄まじく、また目も正気のそれではなくなっており、先ほどまで夜営していた場所で見せた、あの仄暗い目になっていた。
底の見えない、冷たいような、その闇に吸い込まれそうな、そんな瞳。
それにぞわり、としたものを感じ、ロレンスは息を呑み、萎縮し、言葉を失う。
そんなロレンスの状態を、知ってか知らずか、ルナは続けてロレンスを責める。
「そ、そうだ、あんたが少しでも責任を取ろうって気持ちがあるんなら、囮になってくれよ!?」
ガクガクブルブルと、ロレンスを暴力的に揺らしながら、ルナは責め抜く。
「ル、ルルナさん、……そそれは、うわぁっ!」
「なあ! どうなんだよ!? それなら金なんかいらない、だから囮になってくれよ! 囮になってくれよ! 囮になってくれよ! 囮になれぇーーーっ!!!」
話にならない、文字通りに。
それぐらいルナの行動は、人と人が話すそれではない、常軌を逸したものだった。
ロレンスは、そんなルナに次第に圧倒され、揺さぶられる度に、ロレンスが商人として、冷静にさせている心構えのような、そんなものが抜けていくように感じ、その変わり埋まっていく、ぞわぞわとしたものが、ロレンスの心の中を占めていくと、ロレンスは、もう何も喋れなくなっていた。
それでもルナの罵声は止まらない。
「お前らが死ね!」「全財産をよこせ!」「その狼女を見世物小屋に売り飛ばせ!」「ついでにその小僧も男色貴族に売っちまえ!」「もちろんお前もな!」
ルナは、ありとあらゆる罵詈雑言を、ロレンスに浴びせる。
すっかり呑まれてしまったロレンスは、もう聞くことだけしかできない。
ルナは、どこからそんな文句が出てくるのか不思議に思うくらい、その後もロレンスを責める手を緩めなかった。
あまり長く言われれば、例え責められても慣れてくるものだが。
ルナは責めはそうはさせなかった。
相手がこちらに、憎悪を持って責める言葉は、普通の人なら確かに辛い、しかし商人なら頭を切り換えて流すことは出来る。
ロレンスもいっぱしの商人であるから、そこら辺の感情の切り換えは出来る。
しかしルナの責めは本当に上手くて、切り換えようとすると、まるでロレンスの心の内が見透かすように、罪悪感を感じる責めに切り換えて、それをさせなかった。
そんな状態が続き、さしものロレンスも精神的に追い詰められ、ついにルナと目が合わせられなくなり俯く。
俯こうとした。
そう俯こうとしたまさにその時だった。
「いい加減にせぬか!! お前がそんな事を選べる立場と思うて言っておるのか!?」
ロレンスの心を支配しようとした、ルナの声を言葉を打ち払うように、鋭く強く、それでいて詞を唄うような美しき吟声が響き渡る。
声の主はもちろんホロ。
睨めつけるように言うホロに、正気には見えないほど、激昂していたさしものルナも、その剣幕にたじろぐ。
「な、ななんだ、ば、化物! おおお前に人間の事がわかって言ってるのか!? わわ私はこの男の所為で大損害を被ったんだぞ!」
「黙りんす」
「っ……!」
ホロの剣幕に押されてしまったが、それでも弱々しくも、必死にルナは言い返したが、ホロはたった一言でそれを潰す。
相手に何も言わせない貫禄足るや、さすが賢狼ホロである。
ルナを黙らせたホロは、圧倒的な上からの目線で、悠々自適に言い放つ。
「このたわけめ、お前は頼んで、わっちらと同行を望んだのであろう。その旅先で事故に巻き込まれ、損害をこおうとも、それはまるまるお前の所為であろう! ……例えその事故の原因がわっちにあろうともな?」
「そ、それは……くっ! ぐく」
ホロは滑舌の良い言葉で、ルナのつかれては痛いところを的確に指摘する。
その証拠にルナは、悔しそうに歯噛みをするだけで、反論は出来ない。
そんなルナを尻目に、ホロはさらに責め立てる。
「それをこのお人好しは、五百枚などと、払わなくてもいい金を払って弁償すると言っておるのだ。 元々この権利すらないお前は、五百枚貰ってわっちの助力を得るか、それとも自分でなんとかするかの二択しかありんせん! さあどっちにするか早々にきめい!」
ホロは捲し立てるようにルナ選択を迫る。
それとホロはいつの間にか、ルナの事を主ではなく、お前呼ばわりしていた。
これは相当怒ってるのかも知れない。
そんなホロの剣幕に、ルナはたじたじになりながらなんとかと言った感じに口を開く。
「い、いや、いきなりそんな事決めろと言われても、わ、私はどうすれば」
ルナは決めかねて、本当に困ったように訥々に言うが、ホロはそれを許さない。
「黒の剣士が迫っている中、時間もないのだ。もうこれで決めなければ、わっちは、そこのお人好しの首に縄をつけてでも、お前を見捨てて先にゆく、さあどうするかや!?」
「……」
そう言われたルナは、絶句し押し黙ってしまう。
それを見たホロは、目を細めてルナを見遣り「コル坊、主よ行くぞ」と本当に見切りをつけ行こうとする。
ロレンスはそれに流されるままに「あ、ああ」と返しルナを置いて歩き出し、コルもそれに習って歩き出す。
木を避け、草々を踏み締める自然の道を、風上に向かって。
ようやくロレンスたちは歩き出す。
ロレンスは、ルナを背に数十歩歩いたところで、後ろ髪引かれる思いから、つい振り向いてしまう。
視界の先には、闇夜の見通しが悪い中、まだギリギリ、ルナの姿がぽつんと見え、さすがにこんな場所に、一人で置いていく後味の悪さを感じ、このまま行ってしまうことに躊躇いを感じてしまう。
そう感じているとくい、と急に上着の裾を引っ張られ、見てみるとホロが、神妙な面持ちでロレンスを見上げて言う。
「このお人好しめ、とりあえずは義理は立てたのだ。同郷の中で主が立場が悪くなることはありんせんだろ。だから、もうこちらからあの男を気にかけなくてよい」
ホロは、怒りに身を任せていたように見えていたが、きちんとロレンスの組合でのことを考えて喋っていたのだ。
その周到さに、さすがホロと有り難みを感じる反面、まだまだ追い付けていない、悔しさも同時に感じ、複雑な気分になる。
それでもロレンスはいつもの通り「まったくお前には本当に敵わないよ」と素直に敗けを認める。
頭を掻くのは照れ隠しから。
それを見たホロは嬉しそうにくふ、と笑い、笑顔のまま言葉を続ける。
「まあ、主が心配せんでもあやつはついてくるよ。なにせさっきの……」
「ロレンスさん!!」
ホロが何か言いかけたところで、それに割りはいるように、後から声をかけられる。
振り向いて見ればそこにはルナが、真剣な顔で立っており、ルナはロレンスたちと目が合うと、頭を下げ。
「ロレンスさん、先程は申し訳なかった。考えてみれば貴方の所為ではないのに酷いことを言ってしまって……」
と、さっきの様子とはまるで真逆に、真摯な態度で謝ってきたのだ。
それにロレンスは面食らい、つい。
「い、いえ、お気にせずに、文句を言われるのも商人の仕事の内ですから」
と二つ返事で許してしまう。
その言葉を聞くと、ルナは顔を上げぱあっ、と花が咲いたような破顔の笑顔で喜ぶと。
「あ、ありがとうございます! そ、それであの差し支えなければ、私もあなた方と一緒に行きたいのですが、よろしいですか?」
と、ちゃっかりした事を言ってくる。
「ま、まあ、最初からそのつもりでしたから、構いませんが」
ロレンスは内心呆れながらも、ルナの頼みを受けてやると、ルナはロレンスの両手を掴んで「ありがとうございます!ありがとうございます!」と何度もロレンスに感謝をする。
その笑顔は、さっきまでの狂気じみた様相とは、まるで真逆の、本当に人懐っこそうな笑顔だった。
その温度差が、また一縷の恐怖となって、ロレンスの背中をぞわりと撫でる。
「ほ、本当にお気にせずに……で、では行きましょうか」
「はい!」
ロレンスの言葉に、快活よく返すルナ。
それを見てロレンスは、安堵まじりの鼻息を漏らすと、まあ疑っていてもキリがない、ホロが言う通り、黒の剣士にいつ追い付かれるかわからないし、今は先を急ごう。
そう結論づけたロレンスは、ホロの後を追い、前へと進む。
木々と草々が生い茂る、深い森の中の、道なき道を。
そう言えば、ホロは何を言いかけたんだろうと、そんな事をボンヤリと考えながらも、しっかりとした足取りで歩いていく。

 

ロレンスたちが、風上に向かって逃げ始めたほんの少し前。
忌々しい妖精によって、奪われた視力も取り戻し、獲物である、獣耳を生やした狼少女の後を追いかけ、黒衣の剣士は、草をかき分け、時折引っ掛かる小枝を振り払いながら、森の中を疾走していた。
狼少女……使徒の位置は、首裏の刻印(キズ)の痛みが教えてくれる。
―――ずくっ。
痛みが増している、こっちの方向で間違いない。
黒の剣士、妖精がガッツと呼んでいた男は、首裏にある刻印から、滲み出る血の量を、指腹で撫で確かめながら、そう感じていた。
……それにしてもあのクソ妖精め、いつもチョロチョロ邪魔をしてたが、今回は露骨に邪魔をしやがって……!
黒の剣士は先程の事を思い出し、沸き上がる怒りから、バリバリと音を立てて歯噛みする。
そして妖精の言葉を今一度思い出す。
―――ガッツが探している奴らとは違うよ!
……何が違うって言うんだ。
―――あれは違う奴なんだ!
てめえに何がわかる、この首裏の刻印(キズ)の痛みが、紛れもなく奴を使徒だと告げているんだ―――。
―――悪い存在じゃないんだ。
間違うはずはない―――。
……ないんだ―――。
そう頭の中で、言葉を強く反芻させ納得させようとする。
しかし。
―――違う?
常日頃、忌々しいと感じている妖精の言葉だから、進んで否定しがちだが、何か引っ掛かるものを感じる。
それはとても小さく、わずかなものだった。
気にも止めるのが馬鹿馬鹿しく感じるくらい、本当に一縷なもの。
―――だが。
たがしかし、それはガッツが、いくつもの生と死を分けた使徒や傭兵時代の戦いで、何度も肉をきしませ切り刻まれ血反吐を吐き、そんな地獄味わっても、死線を見てきても、なお生き残る事ができたからこそ養われた絶対的な勘。
どんな苦境にさらされても、生き延びる事が出来た、ガッツの戦士の勘が、消そうとした忌々しい妖精の言葉を、頭の中に引っ掛からせた。
勘は、ガッツが、この世で自分が信じられる、ただ唯一の物であり者であった。
そんな考えが、否定的な思考にわずかばかりの考える余地を与えた。
―――あれは、……違う、もの?
ガッツは妖精の言葉を思いだし、少しばかり深く考えようとする。
しかし。
―――ねぇガッツ聞いてる? ガッツてばっ!
考えてると、妖精が最後に言った言葉が脳内にリフレインされる。
すると猛烈に、忌々しさと腹立たしさが甦ってきて、それがマグマのように、ガッツの頭の中にせりあがり、熱くさせ、考えようとした思考をドロドロに溶かした。
そして溶かした思考を、頭の中から降り飛ばすようにがぶりふって。
……いや、違おうが構わねえ、とりあえず人間じゃない奴は全員ぶった斬る。
いやいっそ全員ぶった斬っちまえばいいんだ。
それなら誰が使徒かなんて考える必要ない。
元々、誰が巻き込まれて死のうが、俺には関係無いんだからな。
……ニィイィィ。
ガッツはそこまで考えると、口を笑うように歪ませる。
愉悦色に染まった笑顔。
少し過剰なまでにやるのは、狂気を身のうちに満たすためか。
満たして、己が人を体から追い出すために。
相手が子供だろうと少女だろうと、躊躇わず振り抜くために。
ガッツは醜悪に邪悪に凶悪に、笑う。
笑いながら、夜の帳が降りた漆黒の森を駆け抜ける。
刻印(キズ)の痛みが示すままに。

続く

 

・次回

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・見たい狼と香辛料ベルセルク、クロスオーバー小説を探す。

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